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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)173号 判決

東京都台東区浅草橋3丁目26番5号

原告

株式会社コバヤシ

同代表者代表取締役

小林達夫

同訴訟代理人弁理士

峯唯夫

大阪府富田林市高辺台3-4番地

被告

鈴木健夫

同訴訟代理人弁護士

村林隆一

松本司

今中利昭

吉村洋

浦田和栄

辻川正人

岩坪哲

田辺保雄

南聡

冨田浩也

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

(1)  特許庁が平成6年審判第17428号事件について平成7年6月22日にした審決を取り消す。

(2)  訴訟費用は被告の負担とする。

2  被告

主文同旨

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

被告は、名称を「包装用トレー」とする実用新案第1712320号考案(昭和54年4月11日出願、昭和62年4月17日出願公告、昭和62年12月21日設定登録、以下「本件考案」という。)の実用新案権者である。

原告は、平成6年10月13日、特許庁に対し、被告を被請求人として本件実用新案登録について無効審判を請求し、同年審判第17428号事件として審理された結果、平成7年6月22日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決がなされ、その謄本は、同年6月28日、原告に対し送達された。

2  本件考案の要旨(実用新案登録請求の範囲の記載)

被包装物を盛付けしたトレーの上面にストレッチフィルムをオーバーラップして糊付面に接着させたのちトレーの周囲上縁の近傍でフィルムを切断して包装体を形成するために使用するトレーであって、平坦な底板と、上記底板の周囲から上方へ拡開傾斜して一体に延長された周壁と、上記周壁の上部外側面全周に形成された略垂直な接着剤塗布面とを具備し、上記トレーの接着剤塗布面を、多数個のトレーを重ね合わせたとき、各トレーの接着剤塗布面が露呈して連続した略垂直な面として柱状を呈する如く形成したことを特徴とする包装用トレー(別紙図面(1)参照)

3  審決の理由の要点

(1)  本件考案の要旨は前項記載のとおりである。

なお、この点について検討するに、本件明細書の「考案の詳細な説明」の記載によると、本件考案は、包装用トレーをその対象とするものであり、「トレーの材質に関係なくフィルムを皺なく確実強固に密着させて包装することができ、しかも、フィルムの使用量を減少させることができ、特に食品衛生上にも問題がなく、作業性及び取扱い性に優れ、外観的にも良好な包装形態が得られる包装用トレーを提供」することを目的(課題)とする。

また、上記「考案の詳細な説明」には、本件考案の作用効果として、次のとおり記載されている。

ア 「トレーの周壁上部側面に接着剤を塗布してあることにより、…トレー上にオーバーラップされるフィルムの使用量を減少させ、…トレーへの食品の盛付け時、食品が接着剤に触れることもなく、衛生的で美麗な包装品が得られる。」

イ 「トレーの接着剤塗布面を、多数個のトレーを重ね合わせたとき、各トレーの接着剤塗布面が露呈して連続した略垂直な面として柱状を呈する如く形成したから、接着剤を塗布するに当って、多数のトレーを重ね合せると、各トレーの周壁は、上部を除く大部分が重合し合って隠れ、各トレーの周壁外周面上部の立った接着剤塗布面のみが角柱の外周として整然と配列露出し、接着剤塗布ローラ等によって上記各トレーの接着剤塗布面のみに一斉にかつ、容易に接着剤を塗布することができ…る。」

本件考案の実用新案登録請求の範囲の記載は、必ずしも明確ではないが、本件考案の対象、課題、特有の作用効果が上記のとおりであることを参酌すると、

ア 実用新案登録請求の範囲の記載における「被包装物を盛付けしたトレーの上面にストレッチフィルムをオーバーラップして糊付面に接着させたのちトレーの周囲上縁の近傍でフィルムを切断して包装体を形成するために使用するトレーであって」は、本件考案のトレーの用途が上記のとおりの包装体であることを意味し、

イ 同記載における「平坦な底板と、上記底板の周囲から上方へ拡開傾斜して一体に延長された周壁と、上記周壁の上部外側面全周に形成された略垂直な接着剤塗布面とを具備し」は、本件考案に係るトレーが、周壁の上部外側面全周に形成され、接着剤が塗布された略垂直面を具備することを意味し、

ウ 同記載における「上記トレーの接着剤塗布面を、多数個のトレーを重ね合わせたとき、各トレーの接着剤塗布面が露呈して連続した略垂直な面として柱状を呈する」は、接着剤を塗布した上記垂直面と、トレーのほかの部分との形状、構造上の関係について、多数の空のトレーを嵌め合わせて重ねたとき、垂直な面が順次積み重ねられて、連続した柱状面を形成する面であることを意味する

ものと解される。

したがって、本件考案の構成要件は、実用新案登録請求の範囲に記載されたとおりであると認められ、これを整理して分節すると、次のとおりである。

ア 底が平坦で、底板の周囲から上方へ拡開傾斜して一体成形された周壁を有する包装用トレーであること、

イ トレーが、上記周壁の上部外側面全周に形成され接着剤が塗布された、略垂直面を具備すること、

ウ 上記垂直面が、多数の空のトレーを嵌め合わせて重ねたとき、垂直な面が順次積み重ねられて、連続した柱状を形成する面であること、

エ 被包装物を盛付けしたトレーの上面に、ストレッチフィルムをオーバーラップさせて糊付面に接着させた後、トレーの周壁上縁の近傍でフィルムを切断して包装体を形成することを、上記包装用トレーの用途とすること

(2)  これに対し、昭和39年実用新案出願公告第38574号公報(以下「引用例1」といい、同引用例に記載の考案を「引用考案1」という。)には、次のとおりの考案が記載されている(別紙図面(2)参照)。

「底が平坦で、底板の周囲から上方へ拡開傾斜して一体成形された周壁を有する包装用トレー及びこのトレーを用いた包装体」

そして、引用例1の第6図及び第7図に示された包装用トレーは、水平フランジ21(「縁21」)と傾斜フランジ24(「唇24」)とを有し、両フランジ21、24の上面に接着剤を塗布して、両フランジの上面を接着面とし、この接着面に熱収縮性ラップフィルム28(「フィルム・シート28」)をラップさせて接着したものであり、このラップフィルム28は、フランジ24の周縁近傍において切断されているものである。

したがって、引用例1に記載されたトレーとラップフィルムとを用いて包装体を形成するときは、ラップフィルムをトレーの下面まで巻き込んたものに比して、ラップフィルムの使用量を減少させることができることは明らかである。

また、このものは、ラップフィルムをトレーの上記フランジに接着させた後、これを加熱収縮させてストレッチさせるものであるから、本件考案に係るトレーと同様の外観を呈することは自明のことである。

(3)  そこで、本件考案と引用考案1とを比較すると、両者は、次の点において相違し、その余の点において一致するものと認められる。

ア 引用考案1は、水平フランジ21の上面と傾斜フランジの上面に接着剤を塗布して、これをラップフィルムの接着面としたのに対して、本件考案は、略垂直な面を接着面とした点

イ 本件考案の上記垂直面が、多数の空のトレーを嵌め合わせて重ねたとき、垂直な面が順次積み重ねられて、連続した柱状を形成する面である点

ウ 引用考案1におけるトレーに用いるラップフィルムは、熱収縮性フィルムであるのに対して、本件考案におけるトレーに用いるラップフィルムは、ストレッチフィルムである点

(4)  次に、上記相違点アないしウについて検討する。

ア 相違点アについて

(ア) 本件考案は、トレーの内部に通じる水平フランジないしはこれに相当するフランジに接着剤を塗布せず、水平フランジないしはこれに相当するフランジの外側に位置する垂直フランジの外面のみに接着剤を塗布して、この面を接着面としたものである。

これによって、本件考案は、包装作業時などに、接着面に塗布された接着剤が被包装物に付着すること、あるいは接着面に塗布された接着剤が被包装物を汚染すること等を可及的に回避することができるという作用効果を奏することは、本件明細書の記載から明らかである。

(イ) ところで、周壁の上端に水平フランジ、及びその水平フランジの外側に垂直フランジを設けた包装用トレーは、登録第308194号意匠公報、登録第268195号意匠公報(以下、合わせて「引用例2」という。)によるまでもなく、従来周知であり、また、積み重ねられたトレーを1枚ずつ剥がしやすくすること等のために、垂直フランジとトレー本体部との形状、構造を、多数の空のトレーを嵌めて重ねたときに、垂直フランジが順次積み重ねられ、その外面に連続した柱状が形成されるようにすることも、周知の事項である(例えば、昭和51年実用新案登録願第126274号の願書に添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写(本訴における甲第4号証)参照)。

更に、トレーの水平フランジの上面にラップフィルムを接着して固定する包装体も従来周知である(例えば、昭和48年実用新案登録願第27622号の願書に添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写(本訴における甲第5号証)参照)。

(ウ) しかしながら、トレーの垂直フランジの外面のみを接着面とすることは、請求人(原告)が提出した証拠方法のいずれにも記載されておらず、また、周知の事項でもない。

ラップフィルムをトレーにかけ、これをフランジの外面に接着させるについては、接着面が水平、ないしは傾斜面であることが望ましく、そのために、従来接着面を水平フランジの上面、又は水平フランジと傾斜フランジの上面としているものと常識的に推測される。

(エ) 以上のことからして、引用例1に記載されたトレーの傾斜フランジ24を垂直フランジとし、この垂直フランジの外面を接着面とすること、すなわち引用考案1の相違点アの構成は、トレーの水平フランジの外側に垂直フランジを設けることが従来周知であることを根拠に、当業者が本出願前にきわめて容易に想到できたことであるとはいえない。

イ 相違点イについて

(ア) 本件考案の相違点イの構成(すなわち、トレーの接着面が、多数の空のトレーを嵌め合わせて重ねたとき、垂直な面が順次積み重ねられて、連続した柱状を形成する構成)は、それによって、垂直な接着面に対する接着剤の塗布を簡単、容易にすることができるとともに、その際、接着剤がトレーの他の部分(例えば、水平フランジの上面等)に付着することを回避できるという作用効果を奏するものである。

(イ) 積み重ねられたトレーを1枚ずつ剥がしやすくするために、垂直フランジとトレー本体部との形状、構造を、多数の空のトレーを嵌めて重ねたときに垂直フランジが順次積み重ねられ、その外面に連続した柱状が形成されるようにすることが周知であることは前記ア(イ)のとおりであるが、上記(ア)の作用効果は、垂直フランジの外面にのみ接着剤を塗布し、これを接着面とすることを前提としていえることである。

したがって、この作用効果は、垂直フランジとトレー本体部との形状、構造を、多数の空のトレーを嵌めて重ねたとき、垂直フランジが順次積み重ねられて、その外面によって連続した柱状が形成されるという、前記ア(イ)の周知事項から予想し得たことであるとはいえない。

(ウ) また、シート等の接着面に接着剤を塗布するについて、多数の接着面をずらして重ね、その接着面に一括して接着剤を塗布することは、請求人(原告)が主張するように従来周知の事項であり、これにより、多数のシートの定められた面に、能率的に接着剤を塗布できることが明らかである。

(エ) しかし、上記(ア)の相違点の作用効果は、単に垂直フランジの外面に接着剤を簡単容易に塗布することができるというに止まらず、水平フランジの上面等の他の面に、接着剤が不用意に付着することを回避できるという作用効果をも生じるものであることは上記のとおりである。

(オ) したがって、請求人(原告)が審判手続における甲第12号証(本訴における甲第10号証)に示したことが従来周知であることを前提としても、積み重ねられたトレーを1枚ずつ剥がしやすくするために、垂直フランジとトレー本体部との形状、構造について、前記ア(イ)のとおり、多数の空のトレーを嵌めて重ねたときに垂直フランジが順次積み重ねられ、その外面に連続した柱状が形成されるようにすることが周知であることを理由に、本件考案の相違点イに係る構成が、本出願前に、当業者がきわめて容易に想到できたことであるとはいえない。

ウ 相違点ウについて

ラップフィルムを熱収縮性のフィルムとし、加熱して張らせることも、また、物理的な張力をかけた状態でトレーにかけて張らせることも、トレーのラッピング包装において従来周知のことであり、そのいずれを採用するかは、両者の一般的な得失を勘案して、当業者が適宜選択できることである。

そして、引用考案1において後者のラップフィルム(ストレッチフィルム)を採用することについて、特にこれを困難とする問題が存在するとも、また、本件考案が前者のラップフィルム(熱収縮性フィルム)を採用することについて、特別な問題解決のために特別な工夫を講じたものともいえない。

したがって、本件考案の相違点ハの構成については、当業者が、上記周知事項を参酌することにより、本出願前にきわめて容易に採用することができたことであるということができる。

(5)  以上のとおりであるから、本件考案は、審判手続における甲第12号証(本訴における甲第10号証)に示す事項が周知であることを前提としても、引用考案1及び引用例2記載の技術に基づいて、本出願前に、当業者においてきわめて容易に考案できたものであるとはいえない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。

同(4)ア(ア)のうち、本件考案が、垂直フランジの外面のみに接着剤を塗布して、この面を接着面とするものであることは認め、本件考案の作用効果については争う。

同ア(イ)は認める。

同ア(ウ)、(エ)は争う。

同イ(ア)のうち、本件考案における相違点イの構成により、垂直な接着面に対する接着剤の塗布を簡単、容易に行うことができることは認め、接着剤がトレーの他の部分に付着することを回避できるとの作用効果を奏することは争う。

同イ(イ)は争う。

同イ(ウ)は認める。

同イ(エ)、(オ)は争う。

同ウは認める。

同(5)は争う。

審決は、相違点ア及びイにおける本件考案の容易推考性についての判断を誤り、本件考案が、引用考案1、引用例2記載の技術及び周知技術からきわめて容易に考案できたとはいえないとしたものであるから、違法であり、取り消されるべきである。

(1)  相違点アについての判断の誤り(取消事由1)

ラップフィルムを、トレーの、水平あるいは傾斜したフランジの外面に接着させることが周知の技術であることは、審決に認定のとおりであるが、このように、水平面又は傾斜面がラップフィルムの接着に適するということを見出だす過程においては、垂直なフランジに接着させることも、当然に選択の範囲にあったと考えるのが妥当である。

一般に、ある作業に適する形状を見出だすためには、考え得る様々な形状について作業を試みた上、経験的にその作業に適した形状を確定していくものである。

そのため、従来技術として、垂直フランジを接着面とした証拠が存在せず、また、このような態様が周知ではない、ということはひとまず措くとしても、それらのことが、「垂直フランジを接着面とすることが知られていなかった」という認定には結び付かないはずである。

ラップフィルムをトレーに接着させる場合、審決記載のように、接着面をフランジの水平面あるいは傾斜面とすることが望ましいことから、従来、同所を接着面にしているものと「常識的に推測される」のであるならば、上記の水平フランジあるいは傾斜フランジが接着面として採用される過程において、垂直フランジの採用もまた検討されたものと常識的に推測されるのである。

そうであるならば、本件考案の相違点アに係る構成は、当業者が、審決が認定した従来技術に基づいて、きわめて容易に想到できたものというべきである。

(2)  相違点イについての判断の誤り(取消事由2)

相違点イについての審決の判断においては、本件考案に係るトレーの、垂直フランジ面以外の面に接着剤が付着しないという作用効果をきわめて高く評価し、この作用効果との関係において、本件考案の想到の容易性を否定している。

ア しかしながら、そもそも、垂直なフランジを重ね合わせてできた柱状の垂直面に接着剤を塗布した際、水平フランジの上面等に接着剤が付着しないということは、フランジの形状から必然的に発生するものであって、その点に格別の考案があるとは認められない。

したがって、審決における上記判断は妥当とはいえない。

イ また、本件考案の図面(別紙図面(1))第7図Bにおける本件考案の実施例では、垂直フランジの下端とトレーの上面との間に間隙が生じているから、接着剤は、この間隙を通過してトレーの上面に付着する恐れがある。

更に、同図面第7図Aの態様においても、接着剤塗布時の垂直面の動きによって、トレーの上面に接着剤が付着するおそれがある。

したがって、本件考案について、トレー上面等に接着剤が付着しないという作用効果を前提とした審決の認定、判断は誤りである。

ウ 以上の理由により、本件考案の相違点イに係る構成についても、当業者においてきわめて容易に想到されたものではないとする審決の判断は誤りである。

第3  請求の原因に対する認否及び被告の反論

1  請求の原因1ないし3の各事実は認める。

同4は争う。

審決の認定、判断は正当であり、審決に原告主張の違法はない。

2  取消事由についての被告の反論

(1)  取消事由1について

審決においては、水平フランジ21の上面と、傾斜フランジ24の上面とを接着面とする引用考案1の構成を、本件考案の「略垂直な面」に置換することは、他の公知技術からみて、当業者にとってきわめて容易といえるか否かという点が検討されているものである。

そして、審決は、本件考案の「略垂直な面」のみを接着面とする技術的思想は公知でも周知でもないと認定したものであり、正当である。

更に、審決は、上記のとおり、「略垂直な面」のみを接着面とする技術的思想が公知でも周知でもないということ(換言すれば、水平フランジないし傾斜フランジを接着面とする構成のみが、公知技術、周知技術として存在するということ)について、「ラップフィルムを、トレーにかけ、フランジの外面に接着させる」目的からすると、「接着面が水平、ないしは傾斜面であることが望ましく、そのために、従来接着面を水平フランジの上面、又は水平フランジと傾斜フランジの上面としているものと常識的に推測される。」としているが、この判断は、引用考案1及び甲第4、第5号証等の公知技術を前提とした根拠のある推測である。

原告は、従来技術において、トレーの接着面を、水平フランジ又は傾斜フランジの上面とするにあたって、「垂直フランジを接着面とすることも検討された」と主張するが、何らの根拠もない。

(2)  取消事由2について

ア アについて

審決における判断のとおり、本件考案の相違点イに係る作用効果は、垂直フランジの外面にのみ接着剤を塗布し、これを接着面とすることを前提としていえることである。

したがって、この作用効果は、「垂直フランジとトレー本体部との形状、構造を、多数の空のトレーを嵌めて重ねたとき、垂直フランジが順次積み重ねられて、その外面によって連続した柱状が形成されるという、周知事項から予想し得たことであるとはいえない」というべきである。

イ イについて

本件考案の図面(別紙図面(1))第7図A、Bの態様において、接着剤がトレー上面に付着するか否かは、本件考案を具体的な製品とした場合の接着剤の種類、接着剤塗布機の構造、調整に関するものであり、具体的な製品、製法、装置の問題である。

したがって、上記の場合であっても、適宜の選択により、本件考案の作用効果を生じさせることは可能であり、審決の判断に誤りはない。

第4  証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第1  請求の原因1ないし3の各事実(特許庁における手続の経緯、本件考案の要旨、審決の理由の要点)については当事者間に争いがない。

また、引用考案1の内容及び本件考案と引用考案1との間の一致点、相違点がいずれも審決記載のとおりであること、本件考案に係る包装用トレーは、垂直フランジの外面のみに接着剤を塗布し、それを接着面とするものであること、周壁の上端に水平フランジ、その外側に垂直フランジを設けた包装用トレーは、従来周知のものであること、垂直フランジを備えた空の包装用トレーを順次嵌めて重ねたとき、垂直フランジによって連続した柱状が形成されるようにしたトレーも周知のものであること、トレーの水平フランジの上面を接着面として、そこにラップフィルムを接着して固定する包装体も周知の技術であること、本件考案の相違点イに係る構成が、垂直な接着面に対する接着剤の塗布を簡単、容易とする作用効果を奏すること、シート等の接着面に接着剤を塗布するにあたり、多数の接着面をずらして重ね、その接着面に一括して接着剤を塗布することも、周知の技術であること、本件考案と引用考案1との相連点ウについての認定、判断が審決記載のとおりであることについても、当事者間に争いがない。

第2  本件考案の概要について

成立に争いのない甲第2号証(本件考案についての実用新案出願公告公報)によると、本件考案の概要は以下のとおりであることが認められる。

1  本件考案は、包装用トレーに関するものである(1欄15行)。

2  スーパーマーケット等においては、現在、肉、魚等の包装のために、ストレッチフィルムをトレー上にオーバーラップさせた包装用トレーが一般に使用されている。

この種の包装用トレーは、従来、トレー全体をストレッチフィルムで包み、そのトレーの裏側において、上記フィルムを二重、三重に重ね合わせ、かつ、フィルムの自己粘着性を利用してシールしていた。

しかしながら、これによると、トレーの開口面積の2ないし3倍の面積のフィルムが必要となり、非常に無駄であるとともに、その重ね合わせ部分には皺ができ、この部分から汁が浸出してきて、場合によっては、シールが解ける等していた。更に、上記包装用トレーは、その裏側までフィルムを重ね合わせるため、そのための作業手間が過大となり、能率の低下につながる等、好ましくなかった(1欄16行ないし2欄4行)。

3  本件考案は、従来の包装用トレーの上記の欠点に鑑み、これを改良除去したものであり、トレーの材質に関係なく、フィルムを皺なく、確実強固に密着させて包装することができ、しかも、フィルムの使用量も減少させることができ、食品衛生上も特に問題がなく、作業性及び取扱い性にも優れ、外観的にも良好な包装形態が得られる包装用トレーを提供することを目的として、要旨記載の構成を採用したものである(2欄5行ないし12行)。

4  以上により、本件考案においては、接着剤を塗布するに当たって、多数のトレーを重ね合わせると、各トレーの周壁は、上部を除く大部分が重合し合って隠れ、各トレーの周壁外周面上部の垂直な接着剤塗布面のみが角柱の外周として整然と配列露出するため、接着剤塗布ローラ等によって、上記各トレーの接着剤塗布面のみに、一斉に、かつ容易に、接着剤を塗布することができ、接着剤の塗布作用がきわめて容易となるとともに、塗布作業能率を向上させることができるという作用効果を奏する。

また、上記のように、トレーの周壁上部側面に接着剤を塗布することにより、明細書記載の包装方法に伴い、トレー上にオーバーラップされるフィルムの使用量を減少させ、皺なく包装させ得るとともに、トレーへの食品の盛付け時に、食品が接着剤に触れることもなく、衛生的で美麗な包装品が得られるという作用効果も奏する(6欄44行ないし8欄1行)。

第3  審決取消事由について

そこで、原告主張の審決取消事由について判断する。

1  取消事由1(相違点アについての判断の誤り)について

ア  原告は、この点について、包装用トレーの周壁上端のフランジにラップフィルムを接着させるにあたり、フランジの水平面ないしは傾斜面を接着面とすることは周知技術であるが、そこにおいて、上記の水平面又は傾斜面がラップフィルムの接着に適するということを見出だす過程では、垂直なフランジに接着させることも当然に選択の範囲とされ、その点も検討されたものと推測されるから、当業者が、本件考案の相違点アに係る構成を想到することは、きわめて容易であったものと主張する。

イ  そして、本出願当時、周壁の上端に水平フランジを設け、更にその外側に垂直フランジを設ける包装用トレーが周知のものであり、また、トレーの水平フランジの上面にラップフィルムを装着して固定する包装体も周知のものであったことについては、前記第1のとおり、当事者間に争いがない。

ウ  しかしながら、上記のほか更に、包装用トレーにおけるラップフィルムの接着面として、垂直フランジの外側のみを用いるという技術が、本出願当時、周知又は公知であったことについては、本件においてこれを認めるに足りる証拠はなく、また、原告主張のように、従前、当業者において、ラップフィルムを上記の垂直フランジの外側のみに接着する方法を採用することが具体的に検討されたことについても、これを認めるべき証拠は見当たらない。

エ  また、仮に、上記のとおりの接着方法が検討されたとしても、本出願当時に至るまで、その方法が現実に採用されるまでには至らなかったものであり、また、そのことは、成立に争いのない甲第5号証(昭和48年実用新案登録願第27622号の願書に添付の明細書及び図面の内容を撮影したマイクロフィルムの写)の記載に照らすならば、ラップフィルムの接着面として、水平フランジを利用することがフィルムの接着に最も適するとの考えに基づくものであったと推測されるところであるから、前記第2、2、3のとおりの技術的課題の下に、本件考案における相違点アに係る構成を現実に採用し、前記第2、4のとおりの作用効果を奏することは、当業者にとって、きわめて容易なことであったものとは認めることができないというべきである。

オ  したがって、原告の上記主張は失当であり、本件考案の相違点アに係る構成が、本出願当時、当業者において、きわめて容易に想到することができたとはいえないとした審決の判断に、誤りはないものというべきである。

2  以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、審決の取消しを求める原告の本訴請求は理由がないものといわざるをえない。

第4  よって、原告の本訴請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹田稔 裁判官 春日民雄 裁判官 持本健司)

別紙図面(1)

〈省略〉

〈省略〉

図面の簡単な説明

第1図及び第2図は本考案に係る包装用トレーを示す断面図、第3図は本考案に係る包装用トレーの塗布面に接着剤を塗布する機構を備えた塗布機の概略斜視図、第4図乃至第6図は本考案に係る包装用トレー本体をフイルム等で被覆する要領を示した順序説明図である。第7図は第1図のトレーを重ね合せた状態の断面図を示し、第7図A、Bは夫々変形例を示す。第8図は第2図のトレーを重ね合せた状態の断面図を示し、第8図A、Bは夫々変形例を示す。

1……トレー本体、1a、1a′……塗布面、1b……底板、1c……周壁、2……接着剤。

別紙図面(2)

〈省略〉

〈省略〉

図面の簡単説明

第1図は本考案の容器の頂面図、第2図は第1図の容器の2-2線上に取つた拡大した正面断面図、第3図は第2図のように拡大した正面断面図で、本考案の包装を作る途中の段階を示す図、第4図は完成した包装の拡大した正面断面で、包装されてろ品物は省略されている。第5図は本考案を用いた別の容器の頂面図、そして第6および7図は第5図に示した容器から、本考案の包装を作る途中の諸段階を示す、拡大された正面断面図である。

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